2008年11月21日

長崎で亡くなった長崎奉行の墓碑8

六十七代長崎奉行・土屋駿河守守直墓碑(つちやするがのかみもりなお)
享保19年〜天明4年(1734〜1784)
土屋駿河守守直墓碑 土屋氏は足利支流で、代々三河国幡豆郡吉良の庄一色に住し、「一色」と称した。後に武田家に仕えて「秋山」に改めたが、のち、竹田家旧臣の家名を継ぎ「金丸」とし、さらには土屋と名乗るに至った。
 守直は、幼名を菊三郎、通称を帯刀、諱が守直、従五位下駿河守を称した。
 安永5年(1776)に目付・御先弓の頭・盗賊追捕役、同年8月大阪町奉行に進み、天明3年(1783)長崎奉行となった。
 在任中(1783〜84)の長崎市中は米価高騰により人民困窮の不穏な状況であった。
 天明4年(1784)5月18日、長崎で死去、墓所は華嶽山春徳寺。菩提寺は海禅寺(東京都台東区)。
 なお、墓碑の側らには、土屋駿河守守直に殉じた家老日置甚太郎の墓碑が建てられている。
(墓碑正面)密雲院殿前駿州刺史慈仁周澤大居士
(右)従五位下駿河守源朝臣土屋守直墓
(左)天明四年甲辰五月十八日

※ 長崎奉行・寺沢志摩守広高を初代長崎奉行としている。

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2008年11月20日

長崎で亡くなった長崎奉行の墓碑7

六十三長崎奉行・夏目和泉守信政墓碑(なつめいずみのかみのぶまさ)
正徳2年〜安永2年(1712〜1773
夏目和泉守信政墓碑 夏目氏は二柳三郎国忠が奥州藤原氏の四代藤原泰衡追討ち功により、信濃国居伊那郡夏目村の地頭職となる。その子の国平の時に「夏目」の姓を称した。
 信政は、木村弥七郎恒忠の三男であるが、信利の二代後裔の夏目主殿信氏の養子となり、享保17年(1732)に信氏の遺跡を継ぐ。
 幼名を久之丞、通称を籐四郎、諱が信政、従五位下和泉守を称した。
 明和2年(1765)佐渡奉行、明和6年に普請奉行、同7年(1770)長崎奉行となった。
 安永元年(1772)幕府が抜け荷取締りを強化するなか、
 在任中(1770〜73)の安永2年(1773)6月12日に長崎にて62歳で死去。
墓所は日蓮宗・聖林山本蓮寺
(墓碑正面)元享院殿義山信政日貞大居士
(右)安永二歳次癸巳六月十二日
(左)従五位下夏目前和泉守源信政墓

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2008年11月19日

長崎で亡くなった長崎奉行の墓碑6

六十一長崎奉行・大岡美濃守忠移墓碑(おおおかみののかみただより)
享保5年〜明和元年(1720〜1764)
大岡美濃守忠移墓碑 大岡氏は藤原鎌足の支流で、三河国八名郡宇利郷に居住以来、「大岡」の姓を称した。
忠移は享保の改革に尽力した大岡越前守忠相と同族にあたり、元文元年(1736)に小普請であった大岡隼之助忠斟の遺跡を継ぐ。
忠移は、幼名を忠禁、通称を吉次郎、諱が忠移、従五位下美濃守を称した。
宝暦5年(1755)目付に転じ、同11年山田奉行、同13年(1763)に長崎奉行となった。
石谷備後守と中国貿易の再編に着手したが、在任中(1763〜64)の明和元年(1764)に長崎で死去。墓所は正覚山大音寺。行年45歳。
神奈川県高座郡寒川町に菩提寺の浄見寺がある。
(墓碑正面)敬光院殿?譽心巌大居士
(右)明和元年龍飛甲申夏六月十二日
(左)従五位下大岡美濃守藤原忠移墓

※ 長崎奉行・寺沢志摩守広高を初代長崎奉行としている。

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2008年11月18日

長崎で亡くなった長崎奉行の墓碑5

五十二長崎奉行・松波備前守正房墓碑(まつなみびぜんのかみまさふさ)
天和3年〜延享3年(1683〜1746)
松波備前守正房墓碑 松波氏は日野中納言資宣の後裔が日野法界寺の別当になり、その居所の側に松波木があったことから「松波」を姓とした。
正房は、幼名を平助、通称を平右衛門、諱が正房、従五位下備前守を称した。
 正房は元禄5年(1692)小普請・大番の正成の遺跡を継ぎ、元文2年(1737)勘定吟味役、寛保元年(1741)佐渡奉行、寛保3年(1743)長崎奉行となった。
 在任中(1743〜46)の寛保3年には唐船に定額外銀1,000貫目分まで、俵物貿易を許可した。延享元年(1744)に俵物の一手請方を町人8名に命じた。
 延享3年(1746)3月27日長崎で死去。行年64歳。墓所は正覚山大音寺。
(墓碑正面)宏智院殿英譽正房察彦大居士
(右)従五位下松波備前守藤原正房墓
(左)延享三年丙寅三月二十七日

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2008年11月17日

長崎で亡くなった長崎奉行の墓碑4

四十七代長崎奉行・細井因幡守安明墓碑(ほそいいなばのかみやすあきら)
寛文10年〜元文元年(1670〜1736)
細井因幡守安明墓碑 細川氏は水無瀬家の庶流といわれ、安明の祖父安勝のとき徳川家に仕えた。安明は六代将軍徳川家宣に仕えており、小姓組を勤め、後に目付役に転じた。幼名は半次郎、通称を藤左衛門、諱が安明、従五位下和泉守、因幡守を称した。
 享保11年(1726)に奈良奉行、享保14年(1729)に長崎奉行となった。
 在任中(1729〜1736)、元文元年(1736)には前年の市中55戸焼失、度々の火災に罹災者の困窮が増え、幕府から4万両を借用、内2万両は銅代、2万両を市中の罹災者に援助した。
 元文元年(1736)9月18日長崎において死去。日蓮宗聖林山本蓮寺に眠る。
(墓碑正面)珪幌院殿仁山安明日融居士
(右)元文元丙辰年九月十八日
(左)故鎮守君細井因州刺史従五位下藤原安明

頼母安本の墓碑 細井因幡守の墓碑の側には、元文元年(1736)6月20日に23歳で死没した子の頼母安本の墓碑がある。

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2008年11月16日

長崎で亡くなった長崎奉行の墓碑3

二十八代長崎奉行・大沢左兵衛基哲(おおさわさひょうえもとのり)
元和9年〜貞享4年(1623〜1687)
 父祖代々、丹波国大沢の地を領したので、基久のとき「大沢」の姓を称した。
 基哲は、大沢兵部大輔基宿の長子、高家旗本大沢右京亮基重の三男として別家を創立。
 前職・目付。貞享3年(1686)8月、長崎奉行に就任。貞享4年(1687)、この年から長崎奉行が3人制となる(2人在勤、1人江戸詰め)
貞享4年(1687)5月28日長崎で死去・海雲山晧台寺に埋葬 墓碑不明 
菩提寺:天眼寺(東京台東区)

※ 長崎奉行・寺沢志摩守広高を初代長崎奉行としている。
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2008年11月15日

長崎で亡くなった長崎奉行の墓碑2

二十一代長崎奉行・稲生七郎右衛門正倫墓碑(いなうしちろうえもんまさとも)
寛永3年〜寛文6年(1626〜1666)
稲生七郎右衛門正倫墓碑 稲生氏、祖は藤原宇合の末流、平賀氏とし、光定のとき尾張国春日井郡稲生村に住んだことから「稲生」の姓を称した。
 正倫は正保2年(1645)徳川秀忠に仕えていたが稲生正信の遺跡を継ぎ、寛文3年(1663)目付となった。寛文5年(1665)長崎奉行に就任。在任中(1665〜66)、奉行は時間の正確さに欠き不便が多く、島原町一ノ堀(のち堀町:現・万才町)に報時所(鐘撞所)を設ける。鐘の高さ3尺5寸、口径2尺5寸、重量900斤。費用は総町が負担し、鐘撞きに2人を雇う。それに、与力を5人から10人に、同心を20人から30人体制に増員して、奉行所の人員拡張を図り、町の治安に備えた。
寛文6年(1666)2月17日長崎で死亡。
法名:浄忠 墓所:巍々山光源寺

※ 長崎奉行・寺沢志摩守広高を初代長崎奉行としている。

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2008年11月14日

長崎で亡くなった長崎奉行の墓碑1

十六代長崎奉行・山崎権八郎正信墓碑(やまざきごんぱちろうまさのぶ)
文禄2年〜慶安3年(1593〜1650)
山崎権八郎正信墓碑
 山崎氏は藤原氏支流であり、本は伊勢国の藤原氏族潮田(うしはた)氏と称し、正信の父正勝の時、母方の氏をつぎ山崎と称した。山崎正信は二代将軍秀忠(1579〜1632)に仕えて大阪の陣に従い、高名を得た。寛永15年(1638)に目付、寛永19年11月(1642)長崎奉行に就任。在任中(1642〜1650)の正保4年(1647)にポルトガル船2隻が長崎に来航し、通商再開を願う、幕府は拒絶。山崎正信はポルトガル修好使節へ通商不許可、来航厳禁を通知し、帰帆を命じた。
 慶安3年(1650)10月17日長崎で死去。華嶽山春徳寺に埋葬
 法名:節功玄忠居士

※ 長崎奉行・寺沢志摩守広高を初代長崎奉行としている。

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