2008年09月30日

龍踊の演技

龍踊(じゃおどり)の演技
龍踊の演技には次のような種類がある。
 玉持ち(龍が追いかける玉を持つ人)1名、龍衆(龍を操る担ぎ手)10名、囃子方数十名が一体となって演じる。
1. 玉追い…龍体を上下左右に振り、くねらせながら玉を追いかけ、胴くぐりを行う。
2. ずぐら(玉探し)…とぐろを巻き、胴体の陰に隠れた玉を龍頭が上下左右をして探す。
3. 玉を見つけたら、胴くぐりを行い、玉追いに戻る。
以上の基本動作の他にねむり、竜巻、波、などがある。

龍囃子の楽器
龍踊の楽器は6種類がある。
1. 長喇叭(ながラッパ)…龍の鳴き声を表す
2. 大太鼓(おおだいこ)…雷の音を表す
3. 皺鼓・半鼓(かっこ・はんこ:通称パラと呼ぶ)…雨の音を表す
4. 大銅鑼(おおドラ)…風の音を表す
5. 大中小の蓮葉鉦(バッツオ)…風の音を強調する役目
6. 小鐘・小鉦(こがね・こしょう:通称キャンと呼ぶ)…中国情緒を表す音
などで構成されている。
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2008年09月29日

「長崎くんち」傘鉾持ち

傘鉾持ち
 傘鉾の担ぎ手を「傘鉾持ち」と呼ぶが、長崎くんちの傘鉾は重さ百数十kgもあり、これを一人で持つ。持つというよりは、担ぐという感じで大変な力仕事である。踊町は、近郊の「傘鉾持ち」と呼ばれる専門の組織に依頼する、現在6つの組(岩屋、本河内、三川、女の都、田手原、柳谷)があり、それぞれに、持ち方や傘鉾の傾け方などに特徴があり、その技が継承されている。この組の指揮者を「傘鉾棟梁」と呼ぶ。
 傘鉾の移動にはシャギリが同道するが、傘鉾自体にも鈴(りん)が取り付けてあり、鈴でリズムを取ることも移動のバランスを取る要領の一つとなっている。
 傘鉾持ちの方は、鈴を鳴らしながら調子をとって歩きますが、この歩き方と鳴らし方にも3種ある。踊り場での入退時の歩き方を「練り足」と言い1歩で1回鈴を鳴らす。道中では「摺り足」と言い2歩で1回鈴を鳴らす。「駆け足(チョコ走り)」、道中で他町の傘鉾や出し物とすれ違う際には鈴を全く鳴らさない。
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2008年09月28日

「長崎くんち」傘鉾

「長崎くんち」傘鉾の輪
 丸輪は竹籠で本体が作られ、この竹籠を黒繻子(くろじゅす)や黒ビロードで包み町名を金糸で刺繍したものが一般的である。注連縄型(しめなわ)の輪は竹籠で本体の丸型を作り、これに藁を一本一本組み込み注連縄の形状としてある。この注連縄型の輪の上の飾りは鳥居とか神具などの神社に関係するものが多い。また、「蛇籠(じゃかご)」は籠の中に張りボテの小石が詰められもので、輪の上の飾りは水辺にちなんだ飾りが多い。それと、「船大工町」の傘鉾は、檜板葺屋根型の上に棟上げ飾りを配し、奉祝の意を表している。くんち唯一の輪のない傘鉾
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2008年09月27日

「長崎くんち」の傘鉾

「長崎くんち」の傘鉾
 現在の「長崎くんち」において、傘鉾は町印として認識されており、傘鉾の飾(だし)や輪垂れ(たれ)でその町を表現し、各踊町は町名にちなんだ意匠を凝らした傘鉾を持っている。
 踊り馬場までの道中では行列の先頭にたち、町内会長以下全員がこれにしたがう。町人は何人たりともその前に行くことは許されない。
 長崎の傘鉾は当初はいたって単純なもので持つ人(担ぎ手)の姿は見え、輪もなかったが、江戸中期以降各町が競いあうかのように飾りが大きくなり、輪も付けられ、垂れも担ぎ手の足だけが見えるだけの長さになった。江戸の後期にはほぼ現在の形態になったようである。
 現在の長崎の傘鉾は一人で担ぎ演技できる最大の大きさにまでになり、飾りにもよるが約130〜150kgの重量である。(心棒の下部には一文銭を2,500〜3,000枚を結わえ付け上下の重さのバランスを取るようにされてある。)
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2008年09月25日

2008年度(平成20)踊町・西古川町

追記
西古川町の「櫓(やぐら)太鼓」と「化粧まわし」
 「櫓(やぐら)太鼓」を奉納する踊り町「西古川町」に、大相撲の横綱・白鵬関(モンゴル出身・宮城野部屋)が大関時代の化粧まわしを貸し出し、14年ぶりの「櫓太鼓」の復活を応援。今回は、アマチュア相撲の現役力士がこの化粧まわしを付け、相撲の弓取り式が奉納される。
 この化粧まわしは、大関昇進時(2006・3・29)にタレント・みのもんた氏が寄贈した化粧まわしで、紺地にモンゴルの大地を駆ける馬の刺繍が施されている約8キロの化粧まわしである。
 14年前・1994年(平成6)に踊町を務めたときは、長崎市出身(茂木)の両国関(現・境川部屋親方)から化粧まわしを借り奉納している。
 「西古川町」は江戸時代、初代横綱の明石志賀之助の流れを受け継ぐ力士も住んでいたという、また、九州唯一の相撲本場所が開かれるなど相撲に縁が深い町であることから、「長崎くんち」では、相撲興行の閉開場を観客に知らせる「櫓太鼓」を打つ様子を踊りに取り入れ、1821年(文政4)に初めて櫓太鼓を奉納している。

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2008年09月24日

2008年度(平成20)踊り町・賑町

賑町の演し物
大漁万祝恵美須船
 1979年(昭和54)までは「本踊」を奉納。1986年(昭和61)から今も町に残る恵美須神社にちなみ「大漁万祝恵美須船」を奉納。今回が4回目となる。
 親船「恵美須船」と子舟「宝恵(ほうえい)船」、「豊来(ほうらい)船」二隻の計三隻が船団を組み、大漁を祝う様を表現する。恵美須神にふんした幼児が、船上から本物の生きた鯛を釣り上げて見せる。また、船から網が広げられ、子舟「宝恵船」、「豊来船」が魚を追い込む船回し。最後に恵美須船が大漁を祝う歓喜の曳き回しを豪快に披露する。
 「恵美須船」は長さ5.3m、高さ3.85m、重さ4t。屋台の上を飾る網はビードロ細工でつくられたもの。
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2008年09月23日

2008年度(平成20)踊り町・賑町

賑町の由来
献燈
 昭和38年の町界町名変更で材木町、今下町の全部と周囲の町、築町・本紺屋町・本下町の各一部が合併して新しく誕生した町。町名は、賑橋があり、町がますます賑やかに発展するようにという意味で名付けられた。

賑町の傘鉾
 飾(だし)は、波頭の波模様の台上に八足と八稜鏡をかたどる置台を配し、恵比寿神話による満ち潮を招く象徴である満珠(吹き玉技法によるビードロ)を置く。
 輪は黒のビロードに町名の金文字刺繍 。
 垂れは、金糸青海波織出の地に金糸にて諏訪・森崎・住吉三社紋を織出糸錦。昭和61年製作。
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2008年09月22日

2008年度(平成20)踊町・西古川町

西古川町の演し物
本踊・櫓太鼓
 明治大正期は「角力(すもう)踊り」であった。最近では1994年(平成6)に櫓太鼓が36年ぶりの復活で「本踊・櫓太鼓・相撲土俵入り・相撲甚句」を奉納。
 江戸時代、長崎は江戸、京都、大阪ともに相撲の興行地でもあり、長崎での興行では古川町が仕切っていた。
 町内には、初代横綱の明石志賀之助の流れを受け継ぐ力士も住んでいたということで、相撲と縁が深い町であることから、1821年(文政4)に初めて櫓太鼓を奉納。
 ※「櫓太鼓」とは、相撲場や歌舞伎劇場で開場または閉場を知らせるため、櫓の上で打つ太鼓のこと。


西古川町角力踊道中囃子
 県指定無形民俗文化財(昭和40年5月31日指定)保持団体・獅子浮立保存会
 角力踊道中囃子は大太鼓,締太鼓,笛が使用されるにぎやかな音曲で旧西古川町がくんちに奉納した角力踊道中踊の下座音曲。
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2008年09月21日

2008年度(平成20)踊町・西古川町

西古川町の由来
献燈 中島川の川沿いに出来た町で、1672年(寛文12)の大町分割策によって「古川町」を西古川町、本古川町、東古川町に分割し成立した。当初は歌舞伎町または新歌舞伎町とも称したという。寛永年間(1624年〜44)名力士初代横綱の明石志賀之助の流れを受け継ぐ相撲取りが住んでいたと伝えられ相撲に縁のある町で、長崎における相撲興行権などを持っていた。

西古川町の傘鉾
 飾(だし)は相撲に関わる大軍配を中心に、重藤の弓、弓弦乃神代巻、同軸箱を配する。
 輪はビロードに西古川町の町名。
 垂れは白地潮瀬に金糸で三社紋(諏訪大神、森崎大神 住吉大神の紋)を刺繍。
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2008年09月20日

2008年度(平成20)踊り町・榎津町

榎津町の演し物

川 船
 いつの頃から「川船」を奉納するようになったのかは明らかではないが、川船に吊り下げられている「小鉦」に「嘉永二年酉七月御神事に拵え 榎津町三挺之内」と陰刻がある。(1849年)
 現在の「川船」は、1949年(昭和26)に新調し、現存する川船では、一番古いという。長さは6m、重さ3t。屋根の飾りは紅葉と菊で秋の情趣を伝えている。川船には囃方(大太鼓、締太鼓、鉦)を乗せ、子どもがふんする網打ち船頭が投網で魚をとる妙技を披露する。
posted by 太鼓山 at 08:41| 長崎 ☀ | TrackBack(0) | 2008年「長崎くんち」踊り町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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