2008年08月11日

梁川橋(五厘橋)

梁川橋(旧・五厘橋)茂里町〜竹の久保・梁川町
梁川橋(旧・五厘橋)
浦上川に架かる梁川橋(稲佐橋より一つ上)付近は、昔、白魚が取れる名所であった。梁川は白魚の梁漁(やなりょう)にちなんで付けられたという。
 架橋前は渡し舟が唯一の交通機関であった。旧家の竹の久保六家が各50円をだし、1895年(明治28) 木橋の梁川橋(五厘橋)が架設された。通行料として5厘を取っていた。
 写真は、明治の終わり頃の梁川橋の写真。橋付近にできた干潟では、昭和28年頃までアサリ貝が沢山採れ、満潮時は橋の上からの投網でボラがとれていた。奥の丘には現在県立西高が建っている。
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2008年08月09日

稲佐橋

稲佐橋(長崎市稲佐)
大正期の稲佐橋
 大正15年(1926)7月、木造の稲佐橋から長さ70m、幅員10m余りの鉄橋に
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2008年08月08日

稲佐橋

稲佐橋(長崎市稲佐)
木造の稲佐橋
 明治39年(1906)1月、梁瀬町〜旭町に石柱木造の稲佐橋を架設(長さ41間余(約75m)、幅3間(約5.5m)、市内最長の橋)
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2008年08月07日

鵬ヶ崎窯

稲佐淵村の鵬ヶ崎(ぼうがさき)窯
鵬ヶ崎焼 鵬ヶ崎焼は、1823年(文政6年)、長崎代官・高木作右衛門の一族でもある蒲池子明 (秀吉)によって浦上村稲佐郷鵬ヶ崎(現・長崎市稲佐町)で開窯、1852年(嘉永5年)までの僅か30年間しか創業しなかった、まさに「幻」の長崎の雅陶。土には、長崎に入港する唐船の積荷うめ壷の欠片等を粉にして用いたといわれ、黒味をおびた硬質で厚手の焼き物。子明は儒学の教養もあり、風雅を愛したので、雅陶としての性格が強く、営業を主体とした窯ではなかったようである。
 蒲池子明の墓碑は浄土真宗・東林山深崇寺(寺町)の後山に

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2008年08月05日

稲佐銭座跡

稲佐銭座跡(旭町12・13番)
 明和4年(1767)稲佐鯨洞の煙硝蔵跡に鋳銭所・稲佐銭座ができ、鋳造を開始した。敷地は413坪。安永2年(1773)に廃止されるまでの7年間に23万1千貫文の銅銭が造られる。
 同銭座で鋳造された「寛永通宝」の裏面にはマス型の上に「長」の字が刻まれてある。
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2008年08月04日

横山桜

横山桜(長崎市弁天町・旭大橋下)
横山桜 長崎市の第二代〜第四代市長・横山寅一郎(港湾改良事業・水道拡張に功績)が、明治39年(1906)に渕村沿岸の護岸工事を完成させた。地区住民が記念にと海岸道路に桜を植え、これを「横山桜」と称した。桜は潮風のため枯れたが、明治44年(1911)築の記念碑だけが残っている。

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2008年08月03日

釛山恵美須神社

釛山恵美須神社(長崎市飽の浦町5)
釛山恵美須神社
五箇所商人燈 恵美須町(現・長崎中央郵便局付近)は、かつてはこの辺りは海で、海の守神である恵美須神が祀られていた。この恵美須町から寛永10年(1633)3月、小柳五郎佐衛門道長が稲佐の「瀬ノ脇村(現・飽の浦)」のこの地に移転し、小祠を建てた。享保元年(1716)、初代神官柳木大膳が五箇所商人からの寄進を受け境内を拡張し、神社として体裁を整え「釛山恵美須神社」(こがねやまえびすじんじゃ)として祀られた。以後、諏訪神社の末社に列し、五箇所商人をはじめ多くの人の信仰を集めた。
 文化5年(1808)フェートン号事件の時に長崎奉行・松平図書頭(康英のち康平)の御用場所となる。明治維新の頃、「稲佐神社」と改名されたが、昭和12年(1937)に創立時の社名に戻った。
 当時の釛山恵美須神社は鳥居の下まで海岸が迫って、漁家が建ち並び、港内から対岸を見渡せる景勝地であったという。
 境内には、保食大神を祀る稲荷神社・石祠に市杵島姫神を祀る金比羅神社があり、五箇所商人燈(江戸・京都・大阪・堺・長崎)・大筒など歴史を語るものが各所にみられる。

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2008年08月02日

料亭「ボルガ」

諸岡マツの料亭「ボルガ」
諸岡マツの料亭「ボルガ」
 現在の旭町・旭大橋の進入路の下付近。旧・船津郷。この地に浦上村渕庄屋・志賀家の屋敷があり「志賀の波止」と呼んだ。志賀の波止には浦上村散使・福田家屋敷、「割石」があった。幕末には煙硝庫も置かれ、明治期には、諸岡マツの経営するロシア人相手のホテル・レストランの料亭「ボルガ」もこの波止にできた。
志賀の波止
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2008年08月01日

お栄の桟橋

稲佐の「お栄の桟橋」
 稲佐お栄(道永えい)の経営していた「ホテル・ヴェスナー(春)」とそこに登るための桟橋。
ホテル・ヴェスナー(春)
 長崎港を庭と見晴らす稲佐台地に300坪を借地し、「ホテル・ヴェス ナー(春)」を明治26年(1893) 11月竣工。客室20、ロビー、宴会場、遊技場も備えたホテルでは連日連夜、 海軍士官達によって、カルタ遊びや酒宴が繰り広げられていたという。
 明治33年(1900)、お栄は健康を損ね、ホテルの経営を諸岡まつに任せ、平戸小屋(現在の大鳥町烏岩神社下)の小高い丘の上に土地を買い、ロシア高官だけを顧客とする小ホテル(平屋建て)と2階建て住居を建て移転する。
 写真下の桟橋が「お栄の桟橋」、背景は稲佐山。
写真:長崎大学付属図書館所蔵
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2008年07月31日

烏岩神社

烏岩神社(長崎市大鳥町)
烏岩神社 「お栄さんの道」の碑の前から民家に囲まれた細い階段を上り続けと、神社の鳥居と赤い鳥居が見える、その上に烏岩神社がある。
 享保3年(1718)平戸小屋郷(現・大鳥町)に保食大神(うけもちのおおかみ)を勧請し烏岩神社が祀られる。社殿の背後にある大奇岩は昔から烏岩と呼ばれており、このため神社名が烏岩神社になったと言う。
鳥居の右側には小さい公園があり、この公園の眼下に長崎港が広がる。
 さだまさし原作「解夏」のドラマ版「愛し君へ」の第1話で“俊介が最後に見た長崎の景色”として取り入れられ、ロケも行われた烏岩神社公園。

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