2009年01月04日

長崎の正月料理

長崎のお雑煮
 古くから交易で栄えた長崎では、雑煮の具も山海の幸で盛りだくさんです。具を10品以上入ることも多く、なかでも鰤(ブリ)は欠かせない一品です。
 具は焼いた丸餅、唐人菜、魚(鰤、鯛など)、鳥だんご(鳥やキジの肉)、紅白のカマボコ、 海老カマボコ、干し海鼠、椎茸、結び昆布、里芋、竹の子、クワイなど、大変豪華な品数。正式にはこの中から7品、9品、11品の具が入り、閏年には13品も入れられる。煮出し汁は鰹節、昆布、椎茸のうま味が効いたすまし仕立て。また、焼きアゴ(飛魚)からとる家庭も多い。金蒔絵(きんまきえ)の雑煮椀に盛り付けられる。
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2008年02月05日

卓袱料理

卓袱料理(長崎の郷土料理)
 卓袱料理は料亭では女将(おかっつぁま)が、披露宴では司会者の「御鰭(おひれ)をどうぞ」の言葉から始まります。御鰭とは鯛の胸鰭が入った吸い物の事で、これには客一人に鯛一尾まるごと使って、おもてなししますという意味あいが込められている。乾杯も挨拶も、参加者が全て御鰭を食べてから始まります。

※ 献立の一例、
お鰭(吸い物):小菜(刺身):小菜(はも・あら・ふかなどの魚の湯引き):小菜口取り(海・山・里のものの取り合わせ):小菜(十六寸豆の甘煮):小菜香物(タクワン・唐人菜):中鉢(豚の角煮):中鉢(ヒカド):味噌椀(白味噌吸い物):大鉢(海・山・里のものの葛餡):煮物(スープ仕立て):ご飯:水菓子(果物):最後に梅椀(しるこ)である。

ヒカド
 ポルトガル語の「picado」に由来する言葉で、南蛮人(ポルトガ人)が長崎に伝えた料理の一つ。ポルトガル語の「picado」は、肉や魚肉をこま切れにした料理という意味。
ヒカド」は、ブリまたはマグロを角切り(さいのめ)に切り、塩をした後、さっと湯がいておく。煮干、椎茸の戻し汁に、鶏肉、大根、人参、椎茸、ごぼう、さつま芋を1.5cmほどの角切り(さいのめ)に切り揃え煮込む、材料を煮込んだ後、湯がいておいたブリまたはマグロを加え、酒、薄口醤油、塩で整える。調理の最後にサツマイモをすってトロミとコクを出す。ヒカドにはドロドロ汁を作る場合と作らぬ場合がある。「割正録」(長崎料理の参考書、南蛮・異国風味を加味した、異色の献立集)ではドロドロ汁にした場合には「すすえひと」といい、さらりとした場合には「ひかと」と言っている。心身ともに温かくしてくれる素朴郷土料理です。

ゴーレン
 語源は、ポルトガル語で鶏を意味するガリーニャから来たという説と、ゴーレンはインドネシア語で、焼く、揚げる等の意味から来ているという説がある。どちらも似たような調理法である。
 長崎では一般的に、鶏のもも肉を砂糖、醤油、酒、下ろし生姜、ネギを合わせたタレに浸して唐揚げにしたものいう。 
参考:インドネシア料理には、イカン(魚)ゴーレン:アヤム(鶏)ゴーレン:ナシ(ご飯)ゴーレン等がある。
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2007年08月18日

長崎の食・トルコライス

トルコライス
 トルコライス、またはトルコ風ライスは、長崎県、大阪市、神戸市に同名の料理が存在するが、それぞれ内容が異なる。その中でも長崎のトルコライスが特に有名である。
 長崎のトルコライスは、トンカツ・ピラフ・スパゲッティを一つの皿に盛った料理で長崎の洋食屋で一般的に見られ、長崎県以外で見ることはほとんどないローカルメニューである。長崎で1950年代に出現したと見られるが、初めて考案したと主張する店が多数存在し、ネーミングも含めて正確な発祥は不明。
 長崎の洋食店の「トルコライス」は、一つの皿にピラフとスパゲティを盛り、トンカツをのせてデミグラスソースをかけたものが一般的で、ピラフがドライカレーやチャーハンになったり、トンカツの代わりにハンバーグやチキンカツをのせたり、スパゲティはナポリタンが一般的だが、ペペロンチーノやミートソースになったりで店によってさまざまです。トルコライスは別名「大人のお子様ランチ」とも称される。
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2007年08月16日

長崎の食・からすみ

長崎のからすみ
からすみの天日干 「からすみ」は、承応年間(1652〜)に中国から長崎に伝来したといわれ、ボラの卵巣の塩乾品で長崎県特産品です。
 ボラの卵巣を一子相伝の技術による塩漬け、塩抜き後、天日干により乾燥させて作る。名前の由来はその形状、色が中国製の墨、「唐墨(からすみ)」に似ている所から付けられたというのが定説になっている。現在のからすみは、食欲をそそられそうなあめ色である。
 ボラの卵巣を使用したものは「本からすみ」と呼ばれ高価であるため、現在、サワラやタラ等の卵巣で代用品が作られているのがみられる。
 「からすみ」は、江戸時代、「三河のこのわた」「越前のウニ」とともに、長崎のからすみは「天下の三珍味」といわれた。ねっとりとした塩分の濃いチーズのような味わいは、高級な酒肴として珍重される。薄く切ったからすみに、レモンなどの果汁をかけるとひと味違って美味しい。
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2007年08月14日

長崎の食・南瓜

南瓜(かぼちゃ)
 南瓜は「日本かぼちゃ」「西洋かぼちゃ」「ぺポかぼちゃ」の3種類に大きく分けられる。
 南瓜は16世紀後半頃、ポルトガル人がインドシナ半島にあるカンボジアの産物として日本に持ち込んだとされ、国の名「カンボジア(Cambodia)」に由来する。中国では南方より伝わった瓜の意で南瓜(ナングァ)と呼ぶが、日本でもこの漢字が使われている。
 長崎では南瓜を「ボウブラ」と呼ぶ人もいます。南瓜はポルトガル語でabobora(アボブラ)というが、これが訛ったようです。また、南瓜の異名に「南京(ナンキン)」、「唐茄子(トウナス)」とも呼ばれることもある。
 冬至に南瓜を食べる習慣があるのは、緑黄色野菜の少ない冬場にビタミン補給をするためである。澱粉と糖分が主だが、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンCが多く栄養価が高い。
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2007年08月13日

長崎の食・西瓜

西瓜(すいか)
 西瓜の原産地は南アフリカで、11世紀頃インドやシルクロードを経由して中国へ伝わったようです。「西瓜(シイグワ)」という名前はもともと中国のもので、中国から見て西域の中央アジアから伝わったことに由来し、日本にもそのままの名前で渡来してきました。
 日本へ伝わったのは1579年(天正7)年、ポルトガル人が西瓜の種を長崎に伝えたという説、また慶安年間(1648〜1652)に中国から隠元禅師(いんげんぜんじ)がインゲン豆と一緒に種を持って来て長崎で栽培したのが始まりという説などがあります。それに岡山地方で弥生時代の遺跡から炭化した種が大量に発見されるなど、諸説あります。
 スイカの果肉の90%以上は水分。当初、西瓜の赤い果肉が血の色だとして人々が気味悪がり食べなかったという。その赤色の色素はリコピンとカロチンです。
 スイカは昔から、単に食用としてではなく、体に良いものとして親しまれていた。現在ではその効能も科学的に分析され、スイカの果汁は薬用として利尿に特別の効果があることが知られています。
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2007年08月12日

長崎の料理

長崎とハモ
 長崎市東部で橘湾と天草灘に面した、戸石地区の漁業は小型底引網が主流でエビ、甲イカ、ハモなど海底にいる種類が多く水揚げされている。夏場は特にハモが水揚げされ、8月初旬には毎年「ハモ祭り」が行われます。
 夏のハモ料理といえば、関西方面が有名ですが、長崎でもこの時期、よく食卓に上がります。小骨が多いハモは、「骨切り」をしないと食べづらい、皮一枚を残しながら身に細かく包丁をいれるこの調理法は、慣れない人にはとても難しいので、魚屋などで購入の際、「骨切り」をお願いする方が多い。市場や魚屋の店頭では一口大に湯引きした状態で売っていることも多く、家庭では、それを酢みそで頂くか、お吸い物や蒸し物の具などにします。
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2007年08月11日

長崎の料理

長崎とパン
 パンの原語はオランダ語ではなくポルトガル語のパン(Pão)に由来する。
 ポルトガル船が来航していた頃の長崎の街では自由にパンが焼かれていたが、キリシタン禁教の時代を迎えると、「パンはキリストの肉体」という教えから幕府はパンを食べる事を禁じている、パンはぶどう酒(キリストの血)とともにキリシタンの聖餐式には欠かせなかったから、パンを食べる者はキリスト教徒と見なされたのである。
 長崎出島(1636年(寛永13)完成)には料理部屋があるが、オランダ人の主食であるパンは出島内で焼く事は許されなかった。それゆえにオランダ人のパンは長崎の町に唯一、一軒のパンを焼くことを許されていたパン屋が毎日きめられた数だけのパンを焼いていた。そのパンは出島オランダ屋敷に納入するだけの数が焼かれ日本人にはパンを売ることは禁止されていた。
 長崎で製パン所を始めたのは、大浦の片岡商店で、明治の初め頃から外国艦船に生鮮食料品を納めていたが1877年(明治10)、製パン所を併設している。
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2007年08月10日

長崎の料理

さんわ海水豆腐(塩豆腐)
 長崎は周りが海で囲まれ急峻な海岸線が多い。それに海水がとてもきれいである。長崎市の南部、五島灘と天草灘に面する三和地区には「にがり」の代わりにこの長崎のきれいな海水で作った海水豆腐が古くから伝わっている。国産大豆にこだわった水分が少なく固い海水豆腐でとっても美味しい。昔は各家庭で作られていたそうです。
 直売所:みさき駅さんわ 長崎市布巻町88-1
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2007年08月08日

長崎の料理・ちょこ(ちょく)焼き

ちょこ(ちょく)焼き
 野母崎地区に伝わる、冠婚葬祭に欠かせない盛合せの中の一品で、魚をすり鉢ですり身状にし、そこへ少しずつ卵を割りほぐし、混ぜ合わせる。その中に砂糖、酒、塩の順に入れてよくすり下地を作り、たこ焼き器でこんがりと焼き上げる。材料に玉子や砂糖をたっぷり使うことから、昔としてはかなり贅沢な食べ物でした。
 たこ焼き鍋で焼きますが、昔はちょこ焼き専用の焼器があり、その焼き上がりがお猪口(ちょこ)のかたちに似ているのが名前の由来だそうです。
posted by 太鼓山 at 08:17| 長崎 ☀| 長崎料理食文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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