2008年05月15日

坂の上天満宮跡

坂の上天満宮跡 (旧本博多町 現・万才町 長崎地方法務局)
坂の上天満宮跡・正面の文字 大音寺が現在地(鍛冶屋町)に移転した後、享保18年(1733)に坂の上天満宮が創建された。しかし、昭和20年(1945)原爆の影響で焼失し、昭和30年(1955)に坂の下の賑町に移転。現在、跡地の石垣には社殿の正面を表わす「正面」の字を残すのみとなった。

 坂の下なのに坂の上神社とは。
坂上天満宮坂上天満宮・額
坂上天満宮・撫で牛坂上天満宮・撫で牛

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2008年05月13日

大音寺坂・天満坂

大音寺坂・天満坂
 万才町(長崎地方検察庁と長崎地方法務局の間の石段)
大音寺坂・天満坂 正覚山 中道院 大音寺は元和2年(1616)本博多町(現 万才町 地方法務局)のミゼリコルディア本部(教会)の跡地を賜り、同3年(1617)創建。寛永18年(1641)に現在地(鍛冶屋町)へ移された。大音寺跡地には、享保18年(1733)坂の上天満宮(坂上神社)が建立される。このような経緯で、大音寺に登っていた坂ということで大音寺坂と呼ばれ、また坂の上天満宮があったことで天満坂とも呼ばれるようになった。
 この大音寺坂・天満坂は、深堀騒動(長崎喧嘩騒動)と呼ばれた事件の発端となった場所でもある


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2008年05月10日

肥前鳥居

肥前鳥居とは
肥前鳥居説明 肥前鳥居は、佐賀県を中心に北部九州に広く分布し、地方色の強い独特の様式の石造鳥居である。
 特徴は、笠木・島木。柱・および貫はいずれも3本継である。島木は形式化して笠木と一体となり太い柱に比べて薄い、笠木の鼻(先端)はゆるやかに反る。柱は、上部に台輪があり、下部になるにつれて次第に太くなる。基部は埋め込まれている。額束は方形のはめ込みである。

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2008年05月09日

古川町天満宮の鳥居

古川町天満宮の鳥居 古川町7-31(旧東古川町)
 市指定有形文化財:昭和53年3月20日指定
古川町天満宮の鳥居
 肥前鳥居と呼ばれる特異な形の石鳥居が、佐賀県を中心とする北部九州に分布しているが、この鳥居には笠木・島木に肥前鳥居の流れを汲む独特な形が認められる。
 「寛永18年」(1641)の年号があり、寛永15年(1638)造立の諏訪神社旧一の鳥居(現二の鳥居、年号記銘なし)に次ぐ古いものである。
 また、「川添町」の町名が刻んであるが、新歌舞伎町・古川町等の町名変遷を考証する資料として、また寛文3年(1663)市中大火にも耐えてきた遺構として貴重である。
説明板より


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2008年04月19日

サン・アウグスティン教会跡

サン・アウグスティン教会跡(St.Augustine)
碑は常盤橋のたもとで見ることができる
CA080418a.jpg サン・アウグスティン教会は、ベルナルド・アヤラ神父がアウグスチノ会本部教会として、中島川沿い、常盤橋たもとのこの地に慶長17年(1612)に建てたといわれる。
ここから観光通りあたりまでが、ほぼ教会司牧地であったが、慶長19年(1614)11月9日、キリシタン禁教令により破壊された。
説明掲示板より


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2008年04月08日

福澤先生留学址の碑

福澤先生留学址の碑【光永寺境内】
福澤諭吉福澤先生留学址の碑
福澤諭吉(1835年(天保5)〜1901年(明治34) 大阪(中津藩蔵屋敷)生まれ)
 慶應義塾の創始者である啓蒙思想家・教育家の福沢諭吉は、大阪にあった豊前国中津藩士の次男として生まれました。
 安政元年(1854)19歳の時来崎し、中津藩家老の子・奥平壱岐の世話で、この光永寺に一時寄宿し、その後、出来大工町にあった高島秋帆門下の砲術家・山本物次郎の家に移り、長崎で約一年間蘭学を学びました。
 現在も福沢諭吉が使用したといわれる井戸が出来大工町の一画に残っています。また、滞在中は勉学に励むため、接待時以外には酒を飲まなかったともいわれています。
 安政5年(1858)江戸へ出て築地にて蘭学塾開きました。これが、慶應義塾の起源とされています。万延元年(1860)咸臨丸で渡米し、慶応2年(1866)滞在中の見聞等をもとにして、「西洋事情」を発表し、当時の思想・風潮に大きな影響を与えました。また、「学問のすすめ」「文明論之概略」等の著作を発表し、日本の近代化に貢献しました。
説明板引用



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2008年04月01日

阿蘭陀通詞加福家墓地

坂本龍馬の銅像が立つ風頭山(風頭公園内)付近にて

阿蘭陀通詞加福家墓地 長崎市指定史跡 平成12年4月28日指定
阿蘭陀通詞加福家墓地 加福家は代々阿蘭陀通詞を継承した家柄である。始祖吉左衛門は初めポルトガル語の通訳として勤めていたが、ポルトガル人の国外退去に伴った阿蘭陀通詞へと移行した。寛文4年(1664)小通詞となり、その後寛文8年(1668)には、大通詞に就任している。阿蘭陀通詞の大役である江戸番通詞も勤めたが、元禄2年(1689)江戸参府の際、72歳で没している。加福家は、吉左衛門を含め、明治維新に至るまで9代にわたって阿蘭陀通詞を勤めている。吉左衛門の他に3代喜七朗、4代喜蔵、5代安次郎及び6代新右衛門がそれぞれ年番大通詞に就任している。墓地内には、大小併せて29基の墓碑があるが、中には寛文年間の墓碑もほぼ原型のままで残っていることもあり、大変貴重であるといえる。
長崎市教育委員会(平成12年設置)説明板より引用

タグ:阿蘭陀通詞
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2008年03月31日

上野(彦馬)家墓地

坂本龍馬の銅像が立つ風頭山(風頭公園内)付近にて

上野(彦馬)家墓地 長崎市指定史跡 平成18年1月10日
上野(彦馬)家墓地 上野家は絵師の家系であり、絵画、鋳金などに秀でていた。幕末の当主俊之丞、彦馬(1838〜1904)父子は2代にわたり、写真技術の習得と普及に多大の功績を挙げ、わが国の近代化学研究の発展に寄与した。彦馬は日本最初の職業写真家として著名であり、高杉晋作、桂小五郎たちを撮影したことでも知られている。
 墓地には上野家初代の左衛門尉英傳、3代若元、5代若瑞、6代俊之丞常足、7代彦馬などの墓碑が立つ。これら墓碑群のなかで最も古い、英傳の墓碑は五輪塔様式であり、延宝3(1677)の年代を示す。これは上野家墓地の近くに所在する阿蘭陀通詞加福家墓地、唐通事林・官梅家墓地(ともに市指定史跡)にある墓碑と同型である。
長崎市教育委員会(平成18年3月設置)説明板より引用

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2008年03月29日

唐通事 林・官梅家墓地

坂本龍馬の銅像が立つ風頭山(風頭公園内)付近にて

唐通事 林・官梅家墓地 長崎市指定史跡昭和52年7月20日
寺町晧台寺後山墓地内(風頭山公園近くにある)
 福建省福州府福清県の人の林公炎(りん こうえん・炎の左にたまへん)が日本に渡来し、大村藩の森氏の娘と結婚し、生まれたのが林道栄で有名な大通事となった。学問が深く詩文に長じ、かつ、書を能くし、語学も抜群であった。その子三郎兵衛が早く死んだので、孫の勝五郎の後見として官梅三十郎をつけた。官梅三十郎は平井仁右衛門の子で三郎兵衛の娘婿である。三郎兵衛の子が林家を継ぎ、三十郎の子孫が官梅家となった。両家の墓は、向かって右側が林家、左側が官梅家となっている。林家が一時鹿児島に行き断絶したようになったのを游龍彦十郎が林道三郎を立てて、林の本家を継がせようとしたときはもう幕末が迫っていた。
唐通事 林・官梅家墓地
長崎市教育委員会設置の説明板より引用

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2008年03月19日

長崎平和公園を文化財に

長崎平和公園を文化財に 長崎市は夏までの登録めざし申請
 毎年8月9日の「長崎原爆の日」に平和祈念式典が開かれる長崎市の平和公園とその周辺について、長崎市が2月、国の登録文化財にするよう文化庁に申請していたことがわかった。
 文化庁の担当者が登録に向けて現地を視察しており、「市民の平和への希求・祈念の場としての公園として整備された点で、日本の公園史上、重要」と高く評価しているという。早ければ今年の原爆の日までに登録する見通しで、市は今後、国の名勝に指定されることを目指すという。
 市によると、申請をしたのは平和祈念像を中心に、平和の泉、世界各国から寄贈されたモニュメント等があり、平和祈念式典会場となる「願いのゾーン」、被爆により亡くなられた方々のご冥福を祈る域、原爆落下中心碑や犠牲者の追悼碑がある「祈りのゾーン」、長崎原爆資料館がある「学びのゾーン」の3区画。
posted by 太鼓山 at 23:08| 長崎 ☁| 史跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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