2008年04月25日

萬橋の逸話

萬橋の逸話
 長崎奉行『犯科帳』に、延宝五丁巳年(1677年)10月20日夜に起きた丸山乙名・渡邊与惣兵衛殺害事件とその判決を記した記録がある。
 京都から長崎に商いに来ていた金屋喜右衛門は、この夜(10月20日)丸山乙名・丸山遊郭渡邊与惣兵衛宅に泊まっていた。そこへ外出していた与惣兵衛が夜中、酒に酔い帰宅し、金屋喜右衛門の下人・市平が寝込んでいるのを見て杖で殴打した。市平が起き上がり、口論がつのって与惣兵衛を切り殺するにいたった。その後、長崎奉行所の白洲にてお裁きがあり、同年11月16日、下人・市平は斬罪に処せられた。また主人の金屋喜右衛門はその現場にいて殺害を黙視し、ともに立ち退いたことは不届きであり、その過料として当時の奉行・牛込忠左衛門は金屋喜右衛門に本鍛冶屋町(1678年(延宝6)5月に万屋町と改称された)に石橋を架けるよう言い渡したという。
 この石橋が、1678年(延宝6)、金屋喜右衛門によって架設された萬橋である。
posted by 太鼓山 at 09:02| 長崎 | 長崎の石橋群 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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