キリシタン史を物語るじゃがたらお春の石碑
大雄宝殿前の庭には禁教時代の悲話が秘められた「じゃがたらお春」の石碑がある。1639年(寛永16)、キリシタンの禁教政策の一環として多くの混血児と、その中に、イタリア人航海士と日本人マリアとの間に生まれた15歳のお春も、母、 姉と共にジャカルタ(ジャガタラ)に追放された。以来長崎の幼なじみの「おたつ」に望郷の思いを手紙に綴り、長崎へ送ったといわれている。この石碑の裏には、そのようなお春を哀れんだ歌人・吉井勇の歌が刻まれている。
『長崎の鶯は鳴く いまもなほ じゃがたら文の お春あはれと』



