2007年12月12日

長崎奉行と地役人11

乙名(おとな)
 町年寄の監督の下、実際に各町を支配したのが乙名で、その補佐をしたのが組頭と日行使であった。一般住民の居住する77ヵ町の乙名である惣町乙名が77名(1町1名)、丸山・寄合の傾城(けいせい)町が各1名の計2名。唐人屋敷乙名4名に、出島乙名が2名だった。世襲制で、町ごとに1名ずつ置かれたが、その任務は、町内外の各方面に及んでいた。1768年(明和5)からは年番乙名が6人、されに、1784年(天明4)からは乙名頭取が4人それぞれ任じられ、各町乙名の監督にあたった。乙名は、年行司、盗賊吟味役、旅人改方、俵物方掛、船改役など実に20種以上の加役があったが、さらに、長崎会所目付、出島乙名、唐人屋敷乙名、年行司などは、惣町乙名が昇格した。

長崎歴史文化観光検定(長崎検定)復習問題
posted by 太鼓山 at 09:48| 長崎 ☁| 長崎奉行と地役人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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