2007年12月10日

長崎奉行と地役人9

町年寄(1)
 長崎奉行の支配のもと、長崎の行制は地役人によって処理されたが、この地役人の最上位の地位にあったのが町年寄であった。町年寄は、最初、頭人(とうにん)と呼ばれ、1587年(天正15)、高木勘右衛門・高島了悦・後藤惣太郎・町田宗賀の4人が長崎頭人に任じられ行政が委任された。1592年(天正20)に頭人の名称が町年寄と改称。町年寄の数は、その後も高木家、高島家、後藤家、町田家による四人制が維持されたが、町田家が没落すると、代わって高木彦右衛門永貞が、さらに1697年(元禄10)高木彦右衛門貞親が唐蘭商売元締めに任じられると、外町常行司の薬師寺又三郎種政が同職に任ぜられた。このように初期の頃は、町年寄の4人制は維持されていた。
posted by 太鼓山 at 08:06| 長崎 ☁| 長崎奉行と地役人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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