2007年12月08日

長崎奉行と地役人8

長崎代官(2)
 末次家の断絶後、長崎代官の制度はなくなり、町年寄がその職を代行したが、1739年(元文4)長崎代官が再設され、御用物役高木作右衛門忠與が長崎代官に任じられた。
以降、作右衛門忠興(忠與の3男・菊次郎)・作右衛門忠任・作右衛門忠篤・健三郎忠顕・作右衛門忠知と歴代の世襲となり、明治維新を迎えた。
 長崎代官は勘定奉行直属で、長崎村・浦上村山里・浦上村淵・茂木村・古賀村・日見村・川原村・高浜村・野母村・樺島村など天領10村を支配した。幕末には天草代官も兼務した。長崎代官の屋敷は、勝山町(現・桜町小学校の地)にあったが、この地は村山等安、末次平蔵などの屋敷地だったものを引継いだものである。
posted by 太鼓山 at 09:03| 長崎 ☁| 長崎奉行と地役人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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