2007年12月06日

長崎奉行と地役人6

目付(2)
 目付の身分は、布衣の格式であったが、長崎奉行の監視役としてその発言力は強く、なかには1726年(享保11〜17在勤)の三宅周防守(三宅大学康敬)のように長崎奉行に昇格する場合もあった。
 目付の屋敷は、1715年(正徳5)長崎奉行立山役所の上段平地岩原郷(現・立山一丁目・長崎歴史文化博物館ゾーン)に新築され、目付をはじめ勘定方や普請方などの役宅とされた。総坪数863坪で、御本屋1棟、土蔵1棟、東長屋1棟1部屋、向長屋1棟2部屋、川上長屋1棟1部屋、厩長屋1棟4部屋があった。
posted by 太鼓山 at 13:13| 長崎 ☀| 長崎奉行と地役人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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