2007年12月05日

長崎奉行と地役人5

目付(1)
 目付は、1715年(正徳5)の「長崎新令」(正徳新令))によって制度化され、目付が長崎に常駐するようになる。最初の長崎在勤の目付として、石川三右衛門(1715年・正徳5年2月着任)と大久保一郎右衛門(同年8月着任)が任命された。
 半年交代で勤務したが、1人勤務や欠員の時期もあった。とくに1732年(享保17)以降は、欠員の年がほとんどであったが、1805年(文化2)にロシアとの交渉(ロシア使節レザノフと3回にわたり会見)に派遣された目付・遠山金四郎景晋や1835年(天保6)密貿易の取締りのために派遣された戸川播麿守などのように臨時に派遣される場合もあった。
1838年天保9目付の在勤が廃止された。
posted by 太鼓山 at 08:52| 長崎 ☀| 長崎奉行と地役人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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