2007年07月27日

長崎事始め・牛痘

牛痘
 1823年(文政6)来日した医師シ−ボルトは人痘種痘の実技を紹介したが、彼が試みた接種はうまくいかなかった。
 1848年(嘉永元)日本にオットー・モーニッケが出島商館医として来日。来日に際して持参した牛痘は失活し、牛痘の植え継ぎは不成功であった。翌年1849年(嘉永2)6月、バタビアのボッシュ医事局長が自分の息子に牛痘を植え、生じた牛痘痂(かさぶた)をオランダ船に大切に積みこみ長崎に送った。
 鍋島藩の楢林宗建は自分の三男と通詞の子二人の幼児を実験台として出島に送り、モーニッケは3児に接種したところ宗建の三男建三郎にのみ美痘が生じた。この痘漿から3児に伝種した。以後これを種として次々と種痘が行われた。
 1849年(嘉永2)7月、楢林宋建と相談し江戸町の阿蘭陀通詞会所に伝習所兼種痘所がおかれる。モーニッケは吉雄圭斎、柴田方庵に実地指導。同年末までに391人に接種し成功した。
posted by 太鼓山 at 08:28| 長崎 ☀| 長崎事始め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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