2013年03月11日

長崎の信徒発見

長崎の信徒発見
 1865年3月17日(元治2年2月20日)は、日本カトリック教会にとって特別な日、世界にとっても驚くべき歴史的な日です。
 建立まもない大浦天主堂は「フランス寺」と呼ばれ、美しさとものめずらしさで付近の住民たちが多数見物に訪れていた。プティジャン神父には今でも何処かでカトリック教徒が密かに信仰を伝えているのではないかというわずかな期待があった。
 長崎浦上村山里郷(長崎市)の住民十数名が建てられてまもない大浦天主堂を訪れ、そのうちの4、50歳くらいの女性がひとり、祈っていたプチジャン神父に近づき、「わたしたちは皆、あなたと同じ心です。」(宗旨が同じです)とささやき、自分たちがカトリック教徒であることを告白した (この女性の名は、イザベリナ杉本ゆりだったと言われている)。この人々は聖母像があること、神父が独身であることから間違いなくカトリックの教会であると確信し、自分たちは厳しい弾圧に耐えながらカトリックの信仰を代々守り続けてきたいわゆる隠れキリシタンである事実を告白し、プティジャン神父を喜ばせたのです。
 その後、プティジャン神父は密かに信者の発見に努め、長崎、五島地方で数多くの信者が発見され、プティジャンはその指導に専念する。この「信徒発見」のニュースはやがて当時のピウス9世(ローマ教皇)のもとにもたらされ、教皇は感激して、これを「東洋の奇蹟」と呼んだという。この日は現在カトリック教会では任意の記念日(祝日)となっている。
 ピウス9世と長崎は縁があり、1862年6月8日に日本二十六聖人を列聖したのが教皇ピウス9世である。
posted by 太鼓山 at 15:07| 長崎 | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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