2013年02月02日

日本二十六聖人殉教の行程

日本二十六聖人殉教の行程
京都から長崎まで歩いた約1ヵ月
1596年 10月19日(文禄5年8月28日) サン・フェリペ号が漂着。
1596年 12月8日 秀吉は禁教令を公布。
 大坂と京都でフランシスコ会員7名と信徒14名、イエズス会関係者3名の合計24名が捕縛された。
1597年
1月3日  24人は京都の上京にある一条の辻で、左の耳たぶを切られ町を引き回される。
1月8日 「長崎」を処刑地として豊臣秀吉が命令を下す。
1月9日  捕らえられた24人は殉教地「長崎」を目指して堺を出発。
1月16日 岡山でペドロ助四郎と大工のフランシスコが加わり合計26人となる。
1月27日 下関へ到着。
2月4日  大村の長崎街道・彼杵宿に到着。その夜、彼杵の浜辺から3隻の舟に乗船し大村湾を渡って時津へと向かう。時津へ到着したのは夜の11時頃。
2月5日  長崎街道を歩いて西坂へと向かう。
午前10時 処刑地の西坂の丘に到着、26人は十字架に磔にされる。
正午  信仰を貫いた26人、殉教。
1862年  6月8日、教皇ピオ9世により26人は聖人に列せられる。
1865年 フランスのパリ外国宣教会は長崎に大浦天主堂を建立し、二十六聖人に捧げる。
1962年  西坂の殉教地に二十六聖人の記念碑と記念館、記念聖堂が建立される。26人の列聖からちょうど100年後。
posted by 太鼓山 at 09:19| 長崎 ☔ | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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