2013年01月31日

二十六聖人殉教とサン・フェリペ号事件

二十六聖人殉教とサン・フェリペ号事件
 二十六聖人殉教は、サン・フェリペ号事件【1596年10月19日(文禄5年8月28日)、土佐の浦戸海岸(現在の高知市)に、一隻のスペイン船が漂着・積荷の没収・スペイン人船員(時には航海長のデ・オランディアの言葉とされる)が、「スペインは領土征服の第一歩として宣教師を送り込む」といったことが秀吉を激怒させた】が直接的に引き起こしたという単純なものではなく、京都・大阪周辺での活動を自粛していたイエズス会に対して、新進のスペイン系修道会フランシスコ会やアウグスティノ会が活発に活動をしていたことが豊臣秀吉の目についたこと、イエズス会とフランシスコ会との間に意見の相違や相克があったこと、事件当時の秀吉が明の冊封使(さくほうし)の対応に忙殺されていたこと、フィリピンとの外交関係に関して秀吉に明確なビジョンがなかったことなど多くの原因が複合して起こったものと考えられている。
posted by 太鼓山 at 17:00| 長崎 ☁ | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/317249741
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
私が散策して、ひらい出した最新の人気商品はこれ!