2010年05月15日

梅香崎(佐古)招魂社、梅香崎(佐古)墳墓地跡

梅香崎(佐古)招魂社、梅香崎(佐古)墳墓地跡(長崎市西小島2丁目6)
 明治7年(1874)の「台湾出兵」では、長崎税関内に蕃地事務局が新設され、事務総督大隈重信以下官員、台湾征伐総督西郷従道(西郷隆盛の弟)、参議陸軍中将谷千城、海軍中将赤松則良以下将兵4500余人は、長崎から台湾に向かった。
 しかし現地の熱帯環境で病死者(マラリア)が多数発生、300余人が死亡した。罹病者は続々と内地に送り返され長崎医学校(旧大徳寺:旧大徳園)に収容し、翌8年4月罹病者が全員退院するまでを治療を続けた。しかし死者が多数となり病院の横に招魂場(梅香崎墳墓地)を設け552名の霊を埋葬。明治8年(1875)梅香崎招魂社において政府主催による招魂祭が挙行された。
posted by 太鼓山 at 09:22| 長崎 | TrackBack(0) | 史跡・墓碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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