2009年12月14日

坂本龍馬と小曾根英四郎

小曾根英四郎(1840年〜1890年)
 越前藩、佐賀藩の御用商人で、長崎屈指の豪商でもあり書家でもあった小曽根六郎左衛門の四男として出生。
 坂本龍馬の亀山社中のスポンサーとなり亀山焼(陶磁器)跡地を本拠地に斡旋亀山に家を借りる等、海援隊と龍馬に全てを助けた。家屋敷を海援隊本部として提供、海援隊本部が小曽根家に置かれた。龍馬とは長男「乾堂」を通じて知り合ったと推測されているが、他に、勝海舟、グラバー説もある。龍馬は英四郎の協力や竹中与三郎の支援などを得て帆船大極丸購入をはたしている。
 金銭面で援助した記録も残る。英四郎は慶応2年10月、亀山社中が帆船「大極丸」を購入した際の保証人になる(坂本龍馬手帳摘要)、翌3年4月には龍馬の借金六百両を肩代わりして返済している(同年4月6日付龍馬書簡)。
 慶応3年(1867)4月、亀山社中が土佐藩傘下の「海援隊」に改編されると、英四郎は龍馬と行動を共にした。同隊チャーターの汽船いろは丸に会計官として乗り組み、瀬戸内海で紀州藩船明光丸と衝突する事件にも遭遇している。
 英四郎は派手好みで花町界によく通っていたようだ。龍馬没後は商いにも張り合いを失い、商いに手を出さなくなった。明治23年、愛宕町の愛人宅で50年の生涯を閉じた。
posted by 太鼓山 at 22:21| 長崎 ☁ | TrackBack(0) | 郷土歴史人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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