2009年09月02日

潜伏時代のキリシタン墓碑

潜伏時代のキリシタン墓碑【経の峰共同墓地】長崎市坂本〜江平
 経の峰共同墓地は江戸時代から浦上地区の住民が使用していた墓域で、現在、多数の十字架墓碑が建っているが、これらの墓碑は1873年(明治6)禁教令が解かれた明治期以降、宗教が自由となった後に建立されたもの。
潜伏時代のキリシタン墓碑 その中に江戸時代中期の潜伏キリシタンの墓石がある。幕府の厳しいキリシタン取締りと、仏教による宗教統制の中で、潜伏キリシタンは墓石に仏教式石塔を用い、戒(法)名を刻まなければならなかった。このような状勢の中で、写真に示す墓石は戒(法)名のない伏碑であり、「形変り候墓石」として、寛政3年・6年・8年と3回に及ぶ長崎代官の取調べをうけ、取壊しを命ぜられながらも、なお今日に残っている。しかしその後は切石伏碑の墓石をつくらず、また仏教式石塔も建てず、野石を伏臥する習俗に代った。これらの墓石は信仰弾圧に対する潜伏キリシタンの抵抗心理を物語るものである。市指定史跡
posted by 太鼓山 at 10:13| 長崎 | TrackBack(0) | 旧浦上山里村 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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