2009年02月01日

出島くずねり

出島くずねり
 長崎出島オランダ商館内にはオランダ本国からきていた料理人もいたが、長崎奉行所派遣の「出島くずねり」とよばれる阿蘭陀台所(料理部屋)へ毎日詰め役の3人の日本料理人もいた。
 この3人の料理人のうち出島オランダ商館長(カピタン)が将軍拝謁のため江戸参府するときには、二人の料理人が同行している。 1776年(安永5)4月商館長(アレント・ウィレム・フェイト)に従って江戸参府を果たし徳川家治に謁見した出島の医師ツンベルク(ツュンベリー)の「日本紀行」の中に、日本人料理人のことを「二人の料理人は旅行中、常に一人は本隊より一足先に出発し、オランダ人が宿についた時には、すぐに食事がとれるように準備し、オランダ風の料理を上手につくることができていた」と記している。 この出島で料理をつくっていた彼等を通じて、明治以降日本の西洋料理発展の源流となっていった。
posted by 太鼓山 at 08:46| 長崎 ☁ | TrackBack(0) | 長崎検定復習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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