2008年12月25日

大浦 慶

日本茶輸出貿易の先駆者
 大浦 慶 文政11年6月19日(1828年7月)−明治17年4月13日(1884年)
大浦慶墓碑.jpg 大浦家は17世紀以来200年にわたり長崎の油屋町で油商を営む旧家。
幕末から明治初めにかけて日本茶の輸出を試みて成功、貿易商として活躍。
 1853年(嘉永6)、出島のオランダ商館員テキストルに嬉野茶の見本品を海外に送ることを依頼した時、お慶は25歳であった。お慶の託したお茶は英・米・アラビアの3国へ送られ、これが功を奏し、3年後の1856年(安政3)、英国人の貿易商人ウィリアム・オルトがお慶のお茶の見本を携えて来航する。当初、オルトから一万斤(6トン)もの発注を受け、お慶は嬉野産の茶だけでは応じきれず、九州一円の茶を集め、やっと1万斤をアメリカへ向け輸出させた。その後もオルトを通じ製茶の本格的な海外輸出取引は続けられ、お慶は莫大な富を築くことになる。
墓所:長崎市高平町の大浦家墓地

posted by 太鼓山 at 08:43| 長崎 ☔ | TrackBack(0) | 史跡・墓碑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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