2008年09月06日

諏訪神事・華美禁止の令

諏訪神事を改革、華美禁止の令
 1868年(明治元) 長崎府知事・澤宣嘉が諏訪神事を改革、華美禁止の令をだす。
 澤宣嘉は長崎に来て、「長崎くんち」の華美に驚き次のような厳令を下した。
 (1)傘鉾は直径4尺(1.2m)、飾りは町名をしるす程度にし。その他は一切禁止
 (2)奉納踊りは全廃
 (3)神輿行列は、お供町11町から1町各3人の33人が武者姿で供奉
 (4)丸山・寄合町だけは例外として傘鉾と小舞の奉納を許す
など殺風景なものとなった。

1870年(明治3)知事が代わり、昔の姿を取りもどす。

1875年(明治8)「長崎くんち」の日程を太陽暦に改め、10月7日・8日・9日となる。
長崎公園が開設され、諏訪神社の境内も3,177坪と縮小された。


posted by 太鼓山 at 09:15| 長崎 ☀ | TrackBack(0) | 諏訪神社と「長崎くんち」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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