
慶長3年(1598)頃、筑後(福岡県久留米市)善導寺の僧・聖誉玄故(せいよげんこ)上人により開創され、現存する長崎最古の寺院である。敷地はもと豪族の伊奈佐氏の館跡とも伝えられている。当時、キリスト教の布教により長崎の寺院が焼き払われるなど、仏教が廃絶していることを嘆き、聖誉は再興を願い来崎し、昼は岩窟に隠れながら布教を続けたといわれている。 慶長7年(1602)唐商・欧華宇と張吉泉が来日し、以後、唐人の菩提所とされ、100間四方の土地が唐人墓地となった。慶安2年(1649)に死亡したオランダ特派使節の埋葬をきに同寺にオランダ人墓地が開設、その後、幕末頃からロシア人墓地も開設された。
本尊は明時代の唐仏で、阿弥陀三尊、両脇に観音菩薩と勢至菩薩。かつては、本堂や観音堂、開山堂、鐘楼、山門等があったが、原爆で焼失した。
山門は幕末に築造、明治36年に大改修された。


