2008年07月08日

淵神社と萬福寺跡

淵神社と萬福寺跡
淵神社 その昔、神宮寺支院があり、背後の宝珠山山頂に虚空蔵菩薩と玄武神を祀り、また、今の社地付近に弁財天を祀り、妙見社と呼んでいた。天正年間(1573〜92年)神宮寺は、キリスト教徒に焼かれ、支院である妙見社も焼かれてしまい、荒廃してしまった。
 寛永11年(1634)延命寺の開山龍宣が荒れはてていたこの地に宝珠山萬福寺を建てた。正保4年(1647)弁財天を勧請、以後、「稲佐弁天社」と呼ばれ、淵村の総鎮守とされた。元禄6年(1693)長崎奉行川口摂津守宗恒が拝殿廊下を再建、参道前の海中に大石灯篭を寄進した。明治維新の神仏混淆の禁止によって、渕神社と改称し、宗像三女神(田心姫命、市杵島姫命、湍津姫命)を主祭神として祀られてある。
 長崎名勝図絵に「寺地は山を背にし、海に臨み、景勝の地である」とある。
長崎名勝図絵・宝珠山萬福寺
長崎名勝図絵・宝珠山萬福寺

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posted by 太鼓山 at 09:08| 長崎 晴れ | TrackBack(0) | 隠れた魅力・稲佐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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