この地に深堀能仲(よしなか)が地頭として下向したのは、建長7年(1255)のこと。深堀氏、本姓は三浦で、上総国深堀(千葉県大原町)の出身。能仲が、承久の乱の勲功により戸八浦とよばれていたこの地へ下って来ると、ここは領主の名をとって深堀と呼ばれた。深堀陣屋とは、深堀藩士の居城のことであり、通称は御屋敷と呼ばれ、ここを中心に城下町が形成されていた。現在地は囲馬場(かこいばば)のあったところである。
城下町の入口には、東屋敷三番家老樋口家、中屋敷筆頭家老深堀家、西屋敷二番家老田代家などがあり、さらに、中・下級武士の屋敷が続き、その一番奥に陣屋があった。陣屋には、御座(当主の居間)や書院などの屋敷と馬場などがあった。
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