2014年07月24日

長崎に原爆が投下されるまでの動き(8

長崎に原爆が投下されるまでの動き(8
投下目標都市は広島、小倉、新潟、そして長崎へ
1945年6月14日、京都市が除外され、目標が小倉市、広島市、新潟市となる。しかし京都への爆撃禁止命令は継続された。
フィリピン総督時代に京都を訪れたことのあるスチムソン陸軍長官の強い反対や、戦後、「アメリカと親しい日本」をつくる上で、京都には千数百年の長い歴史があり、数多くの価値ある日本の文化財が点在、これらを破壊する可能性のある原子爆弾を京都に投下したならば、戦後、日本国民より大きな反感をかう懸念があるとの観点から、京都への原子爆弾投下は問題であるとされた。
1945年7月20日パンプキン爆弾による模擬原子爆弾の投下訓練が開始された。
1945年7月21日、京都市の除外が決定。
1945年7月24日、京都市の代わりに長崎市が、地形的に不適当な問題があるものの目標に加えられた。
1945年7月25日、広島・小倉・新潟・長崎のいずれかの都市に8月3日ごろ以降の目視爆撃可能な天候の日に「特殊爆弾」を投下する」とされた。
1945年8月2日、8月6日に原子爆弾による攻撃を行うことが決定した。攻撃の第1目標は「広島市中心部と工業地域」(照準点は相生橋付近)、予備の第2目標は「小倉造兵廠ならびに同市中心部」、予備の第3目標は「長崎市中心部」であった。
1945年8月6日、広島市にウラニウム型原子爆弾リトルボーイが投下された。
1945年8月8日、8月9日に2回目の原子爆弾による攻撃を行うことが決定した。攻撃の第1目標は「小倉造兵廠および市街地」、予備の第2目標は「長崎市街地」(照準点は中島川下流域の常盤橋から賑橋付近)であった。
1945年8月9日、第1目標の小倉市上空が八幡空襲で生じた靄による視界不良であったため、第2目標である長崎市にプルトニウム型原子爆弾ファットマンが投下された。
(ナガサキ・中学生 平和学習資料集参考)

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2014年07月22日

長崎に原爆が投下されるまでの動き(7

長崎に原爆が投下されるまでの動き(7
投下目標都市は広島、小倉、新潟、そして長崎へ
 原爆の投下目標都市は、次のような基準で検討されたと言われている。
 @ 爆発により日本国民が戦争を続ける意志をなくさせるような都市。
 A 軍の司令部、軍隊の駐屯地、軍事工場などのいずれかがある都市。
 B 空襲による損害を受けず、原爆の威力や効果がわかりやすい都市。
中でもBの「原爆の威力や効果がわかりやすいこと」が重要な基準だったようである。
その結果、投下目標都市は、
1945年4月27日、第1回目標検討委員会で日本の17の都市(東京湾、川崎市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、広島市、呉市、下関市、山口市、八幡市、小倉市、熊本市、福岡市、長崎市、佐世保市)が検討対象にあげられた。
1945年5月10日、第2回目標検討委員会で京都市、広島市、横浜市、小倉市の4都市に設定。
1945年5月28日、第3回目標選定委員会、京都市、広島市、新潟市に投下する地点について重要な決定がされ、横浜市と小倉市が目標から外された。
(ナガサキ・中学生 平和学習資料集参考)

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2014年07月21日

2014 ながさきみなとまつり

2014 ながさきみなとまつり
 長アの夏を代表する一大イベント。音楽ステージや飲食出店、打ち上げ花火など、大人から子どもまで楽しめるイベントが盛りだくさん。
長崎ペーロン選手権大会も同日開催のため、長ア港一帯が終日賑わう。

開催日 2014年7月26日、27日(予定)
開催時間 20:30〜20:45(26日)、20:30〜20:50(27日)※予定
打ち上げ数 3000発(26日)、5000発(27日)※予定
開催場所 長崎県長崎市常盤町 長崎水辺の森公園・長崎港
荒天時の対応 26日雨天時は27日に順延(予定)
料金 無料
駐車場 なし
公衆トイレの有無 あり
交通規制 あり(19:00頃〜22:00頃、会場周辺)※マイカーでの来場不可
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長崎に原爆が投下されるまでの動き(6

長崎に原爆が投下されるまでの動き(6
原爆無警告使用反対の意見を無視
 原爆投下に関する諸問題を検討するため、アメリカは、陸軍長官をはじめ軍や科学者の代表ら8人で構成する「暫定委員会」を設けました。1945年6月1日、委員会では、@原爆を日本に対してできるだけ早く使用する、A民家に囲まれているか、または民家に隣接する軍事施設、軍事工場及び攻撃に弱い建造物に使用する、B原爆がどのようなものであるかの事前の警告を行なわない、などの検討結果をまとめ、トルーマン大統領に報告した。
 これに対し7人の科学者で構成されたフランク委員会は、事前に警告なしに原爆を使用することは世界の支持を失い、将来原爆の国際管理に害を及ぼすとして「原爆は全連合国の代表の前で公開実験したあと、日本に警告し、拒否されるか、連合国の了解が得られた場合に使用を検討すべきである」とするなど反対の立場をとりました。これら原爆の無警告使用に反対する意見は、科学者の多くが支持しましたが、結局無視された。
(ナガサキ・中学生 平和学習資料集より)

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2014年07月20日

夏を彩る風物詩「長崎ペーロン」

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夏を彩る風物詩「長崎ペーロン」
平成26年度 長崎ペーロン選手権大会
開催日:2014年7月26日(土)・27日(日)
会 場:長崎港内(本部席・松ヶ枝国際観光埠頭)
26日9:00〜16:00 中学校・職域・女性対抗レース
27日9:00〜15:00 一般対抗レース
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長崎に原爆が投下されるまでの動き(5

長崎に原爆が投下されるまでの動き(5
攻撃目標はドイツから日本へ
 「日本を降伏させるために原爆を使う必要はい」との意見もあり、原爆を使用すべきかどうかが大きな問題となったが、当時、国際的な影響力を増しつつあったソ連に対し、アメリカが原爆の強力な破壊力を示すことによって、戦後優位な立場を築くことなどの目的のため、日本へ原爆が使用されることとなっていきます。
(ナガサキ・中学生 平和学習資料集より)

被爆クスノキが絵本に(平和を考える絵本)
新刊 絵本・「被爆クスノキの追憶」人々に生きる力をくれた大樹の物語
アマゾン・紀伊國屋・メトロ書店・他ネットストアにて取扱中
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2014年07月19日

長崎に原爆が投下されるまでの動き(4

長崎に原爆が投下されるまでの動き(4
 原爆が強力な爆発を起こすことは予想されてはいたが、実験をするまではどれほどの破壊力があるのか確実には分かっていなかった。実験によって、その威力が想像をはるかに超える強力な爆弾であることに科学者たちは大変驚いた。プルトニウムを原料とする原爆の実験が成功したことにより、第2目標地にプルトニウム型爆弾が投下される計画となりました。実験の結果はポツダム会談に出席していたトルーマン大統領に報告された。
攻撃目標はドイツから日本へ
 原爆は、他の兵器と比較にならないほどの強力な破壊力を爆弾であり、戦争を終結させるため、ドイツに対して使うことを第一の目的に開発が進められていたが、しかし、原爆が完成する前の1945年5月8日にドイツ降伏し、ヨーロッパでの戦争は終結していた。
(中学生 平和学習資料ナガサキより)
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2014年07月15日

長崎に原爆が投下されるまでの動き(3

長崎に原爆が投下されるまでの動き(3
人類初の原爆実験
 アメリカは、1944年秋から翌年春にかけてウランとプルトニウムを原料とする2種類の原爆を完成させていました。
 確実に爆発すると分かっていたウラン型原爆は一個だけ完成していて、実験することなく第一目標に投下するように備えていました。
 プルトニウムを原料とする原爆は二個完成しており、その構造が複雑で、確実に爆発を起こすかどうかを確認する必要があり、1945年7月16日、アメリカのニューメキシコ州アラモゴード砂漠で人類初の原爆実験が行なわれました。
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2014年07月14日

長崎に原爆が投下されるまでの動き(2

長崎に原爆が投下されるまでの動き(2
原子爆弾開発へ「マンハッタン計画」がスタート
 「マンハッタン計画」の最高責任者はレスリー・グローブス将軍が任命され、開発研究責任者には理論物理学者ロバート・オッペンハイマー博士が抜擢された。研究と製造は、ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所で行なわれました。
 「マンハッタン計画」には、当時のお金で開発費用は一般に20億ドルという巨費が投じられたと言われています。広大な土地、膨大な電力と水を要し、関連部門まで含めると最大時には54万人もの科学者・技術者・軍人が関わる、巨大軍事開発事業であった。わずか4年ほどの間に原子爆弾は造られ、1945年7月16日、ニューメキシコ州のアラモゴード砂漠で初の原爆実験に成功。人類は原子力を用いた核兵器を手にしたのです。
posted by 太鼓山 at 11:05| 長崎 ☔ | TrackBack(0) | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月13日

長崎に原爆が投下されるまでの動き

長崎に原爆が投下されるまでの動き
原子爆弾開発へ「マンハッタン計画」がスタート
 1939年1月、ウラン235の原子核に中性子を衝突させると、原子核が二つに分裂する、同時に飛び出した中性子が、周囲の他の原子核に衝突することにより、それが一気に連続して起きること(連鎖反応)によって、膨大なエネルギーが発生するという、「核エネルギー」が発見されました。
 同年9月、世界が第二次世界大戦に突入するとともに、アメリカは「核エネルギー」を兵器に利用する原爆の研究に取り組んだ。その過程でプルトニウム239も容易に核分裂を起こすことが発見されます。
 また、ドイツも原爆を開発しようとしているとの情報もあり、アメリカはドイツよりも先に原爆を完成させなければならないと考え、1942年8月、原爆開発のためのプロジェクト、いわゆる「マンハッタン計画」が開始されます。
posted by 太鼓山 at 21:21| 長崎 ☁ | TrackBack(0) | 戦争と平和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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